美希と春香、2人の関係。
えいじゅP
2007年9月に作られた動画のセルフリプロデュースのようですね。
美希と春香が出てくるんですけど、見せ方がとても面白かったです。
特に、前半に春香さんが歌っているときの、美希が衣装を替えながら左右に動いていくところ。
なんだか、30分アニメのエンディング部分を見ているような印象を受けました。
うん、分かりにくい説明の仕方ですいませんw
設定的には、美希と春香が同級生で、美希がアイドル、春香が普通の生徒って感じなのかなぁ?
いわゆる公式設定とは離れますけど、アナザーワールドで別の設定・関係になるというのは、けっこう新鮮でした。
と、これは私が見たイメージであって、作者さんの狙いや他の人が見た印象は、また違うものになるのかもしれませんが・・・
きっと、答えは1つじゃないよね!
ディスカッション
コメント一覧
>>ぎょP
これが「スターシステム」と呼ばれるものだと、どこかで聞いた事があります。
「スターシステム」とは分りやすい実例を挙げれば手塚漫画に出てくる幾人かのサブキャラのように、ビジュアルやキャラクター性をそのまま流用しながらも、別々の作品に別々の役割を持たせて出演させることですね。
アイマスって言うのはキャラの背景をぼかされてはいますが、コミュなどに背景を想像させるような要素が散りばめられており、かなりしっかりとしたプロットを与えられていると私は思っています。ですから「スターシステム」にはある意味向いていないとも思うんですよね。(ありすえPのフタリの記憶で伊織を天使と解釈した場合、じゃあ普通の人間の伊織はどうしたのかなどどいう疑問が生じます)
そしてアイマスに対してボーカロイドは「スターシステム」におあつらえ向きなんですよね。なんせ公式からは大まかなビジュアルと名前くらいしか与えられていないわけですから、創作する側は好きに作品へキャラを変化させることができるわけですよ。特に公式からドラマを提供されていないことが大きいと思います。( 例:鏡音リン ココロ sm2500648 )
どちらが上だとかそういう議論は不毛ですが、こういう側面からシリーズを見てみるのもなかなか面白かったりします。
(?ちょっと質問です。この文章量でトラックバックは要りますか?)
なるほど。
私としては、元々の設定に捕らわれない自由なものも好きです。
もちろん、公式設定があるので、そこから外れたものは受け入れられにくいだろうとは思いますが、逆に設定に縛られ過ぎてしまうのはもったいない気がします。
あまり良くない表現かもしれませんが、アイマスという手段を使って表現したことによって、より多くの人に見てもらえる可能性が出てこないかなぁと。
アイマスという土俵、ボカロという土俵。
アイドルたちを愛して、彼女たちのために、彼女たちをよりよく魅せたいために、あるいは自分が見たいために作る、という方向性も好きですし、自らの創作活動の場としてアイマスを選ぶことも悪いことではないと思います。
あまり受け入れられないかもしれませんがw
できれば、アイマスというジャンルで、いろんな才能を見たいなぁと思っていまして、公式設定から離れているからといって、一概に否定されてしまうと、より閉鎖的になってしまうのかなぁと思ったりもしています。
んー。
なんだか、話がズレてしまいましたね、すいませんw
コメントでもトラバでも、どちらでもお好きな方でいいですよー
特にコダワリとかありませんのでw
よし!
ならばゼノグラシアも大丈夫ですね(あれは違ry)
それじゃあ、コメorトラバの件はメンドクサイんでこのままいきます。
トラバだとちゃんと纏めないといけないような気がするんでっw
結論:愛こそすべて